Mさん / 作業療法士 ホーミーリハビリデイサービス苦楽園店。広島大学医学部作業療法士課程卒。卒業後、整形外科病院に勤務。その後、西宮へ移住し、2025年4月にホーミーリハビリデイサービスへ入職。リハビリ特化型デイサービスで作業療法士として働きながら、入職翌月の5月から地域食堂「メーテル」の運営にも携わる。
※本インタビュー記事は、2025年7月時点の内容です
この記事の内容
現在のお仕事について教えてください。
ホーミーリハビリデイサービス苦楽園店で、作業療法士として働いています。それと並行して、デイサービスが取り組む地域食堂「メーテル」の運営にも携わっています。入社が2025年4月で翌月の5月24日には早速、第一回目の開催ができました。
入職翌月にイベント活動に参加されているんですね。
そうなんです。入社の時点で、病気や障害を抱えている人の閉じこもりの問題をどうにかしたいっていう思いがあったんです。会社から地域食堂をやりますというアナウンスがあった時に、これは自分のやりたいことだと思いました。すぐ参加しますって手を挙げました。
会社に対してやりたいことを言いやすい雰囲気がありましたか?
はい、あります。特に入職後に感じたことなんですけど、やりたいって言ったことを会社がちゃんとサポートしてくれるんです。丸投げじゃなくて、会社として一緒に進んでやってくれるので安心して取り組むことができています。私自身、怖がりというか、やろうって声を出しづらい人間なんですが、それでもここでは言えるなって感じています。
作業療法士を現場で続けてきた中で、特に印象に残っているエピソードはありますか?
前職の整形外科病院での話になるんですが、腰の圧迫骨折で入院されていた方がいました。コルセットをがっちり付けて、リハビリしましょうと声をかけても、「私はこのままでいい」っておっしゃる方だったんです。ずっとベッド上で寝ていたので、どんどん体力や筋力が落ちていく一方でした。
どうアプローチしたんですか?
無理やり動かすわけにはいかないので、まず一緒にいる時間を取るようにしました。その方が昔、音楽を聴いていたと聞いたので、一緒に聴いたりとか。ただ今思うと、退院後の先がイメージできないのが一番大きかったと思うんですよね。正直、私が逆の立場でも、先が見えないともういいやって思ってしまうかもしれない。その気持ちはわかるから、どうやって先を示してあげられるかずっと悩んでいました。
転機はどこにあったんですか?
ご家族が面会に来られた時に、一緒にお話しする機会を作ったんです。娘さんが「退院したら、できないところは一緒にやるよ」と言ってくれました。それからその方がよくポテトサラダを作ってくれていたと聞いて、娘さんが「またポテトサラダが食べたい」って言ってくれたんです。娘さんのその一言が大きな転機でした。
ポテトサラダが原動力になった?
そうなんです。ご家族が立ち会う時のリハビリだけは、立って取り組むようになったんです。少しずつ体を動かすようになると、体が楽になってくるんですよね。その後はリハビリが進んで、最終的に退院できました。やっぱり、その人にとっての「先」が見えた時に人は動けるんだなと感じた経験でした。

そもそも、作業療法士の道を選んだのはなぜですか?
母が作業療法士なので、その影響がまず大きいです。ただ、学生の頃はそれほど強い動機があったわけではなくて、正直なところ「お母さんがそう言ってるし」くらいの気持ちで進んだ部分もあって。途中、本当にこれでいいのかなって思う時期もありました。
それが変わったきっかけは?
祖父がくも膜下出血で倒れたことです。私がとても懐いていた祖父で、すごく手先が器用な人だったんです。倒れた後は、動けない、しゃべれないという状態になってしまって。でも、リハビリを続けて、下半身麻痺と失語症は残りながらも、ある程度動けるところまで回復したんです。
回復した後、どうなったんですか?
そこで止まってしまったんです。特にやることもないし、ずっとテレビを見ているだけの生活が続いていました。そんな時に、担当の作業療法士さんが祖父の手先の器用さに気づいてくれて、ティッシュを丸めて絵を作るクラフトを勧めてくれたんです。すると祖父がそのクラフトをやり始めてから、状態がみるみる変わっていったんです。自分でトイレに行けるようになったり、活動的になっていって。その変化を目の前で見たことが、私の中では決定的でしたね。理学療法じゃなくて、作業療法を選んだのもこの経験があったからです。
病院から通所介護へと場を移したのは、どんな思いからですか?
病院にいると、どうしてもリスクを優先せざるを得ない場面が多くて。例えば、外出して買い物がしたいっていう方がいても「ダメ」って言わざるを得ないことが多かったんです。本人のやりたいという気持ちに応えてあげられないもどかしさがずっとありました。
通所介護の現場では、それが変わりましたか?
はい。こちらに来てからは、本人の生活歴や興味のあることに沿って関わりをつくっていける。病院の時よりずっと、その人らしさに寄り添えると感じています。外出につなげていく支援もできますし、やりたいという気持ちを大切にできる場所だと思っています。
前職と比べて、仕事へのやりがいの感じ方も変わりましたか?
変わりましたね。作業療法士として、その人のできることを広げる関わりができていると感じる場面が増えました。祖父を見ていた時に感じた「変わる瞬間」に立ち会える機会が、ここでは多い気がしています。

地域食堂メーテルの運営に携わっているとのことですが、どんな活動ですか?
西宮の卸市場でいただいた食材を使って、月に一度、地域のみなさんに食事を提供するイベントです。子どもから高齢の方まで、誰でも来られる場所を目指していて、毎月第四土曜日に開催しています。前々回はカレー、前回は中華丼で、次回はちらし寿司の予定です。
なぜこの活動に参加しようと思ったんですか?
入社前から、ずっと気になっていたことがあって。病気や障害をきっかけに外に出る機会がなくなってしまうと家だけの生活になって、そこからどんどん閉じこもってしまうサイクルがあるんです。前の職場では介護予防にも携わっていたので、そのサイクルをどうにか打ち破りたいという気持ちがずっとありました。メーテルは、その居場所になれると思ったんです。
どんな場所にしたいですか?
地域の誰もが来ていいよという場所にしたいです。最近は子ども食堂とかシルバー向けとか、対象を絞った食堂が多いと思うんですけど、メーテルはそうじゃなくて、学校でも家でもない、もう一つの居場所みたいなイメージです。メーテルに来たことで、次の目標が見つかったり、人とのつながりができたりする。そういうサイクルを作っていけたらいいなと思っています。
運営してみて、手応えはありますか?
まだ始まったばかりで、試行錯誤の連続です。野菜はいただいた食材で作るので、当日までメニューが決まらないこともあったり(笑)。でも、メンバーみんなで仕込みをしながらわいわい話すのが、すごく楽しくて。ルート訪問看護のスタッフさんとはなかなか交流する機会がないんですが、その仕込みの場で話せるようになりました。なんか文化祭の準備みたいな感覚で、そこも楽しみになっています。

デイサービスとメーテルの両方に関わる中で、一番やりがいを感じるのはどんな瞬間ですか?
デイサービスで「外に出られた」「またここに来たい」と思ってもらえる瞬間とメーテルで「また来ました」という方が現れたときです。どちらも同じ喜びですね。一回来てもらえれば、次につながる。その積み重ねが、地域の中に居場所が根付いていくことだと思っているので。
今後の展望を聞かせてください。
デイサービスの中では、外出支援をもっと充実させていきたいです。「買い物に行きたい」「あのお店に行ってみたい」という希望にもっと応えられる場所にしていきたいと思っています。メーテルは、毎月続けながら少しずつ来てくれる方が増えていけばいいなと思っています。目標は50〜60名。来てくれた方が「また来ようかな」と思って、次は友達を連れてきてくれるような場所になっていったら嬉しいですね。
将来的に、どんな存在になりたいですか?
改めてこうやって話してみると、やっぱり自分は「居場所を作りたい」という気持ちがずっとあるんだなと確認できた気がしました。デイサービスでの関わりもメーテルも行き着くところは同じです。誰かが「ここに来てよかった」と思える場所を地域の中にどこまでも広げていきたい。そういう仕事をこれからもしていきたいなと思っています。

最後に、転職を考えているセラピストの方にメッセージをお願いします。
病院での経験はすごく大切だと思っています。でも、病院にいるとやりたいと思っても「リスクがあるからダメ」となってしまう場面が多いと思うんです。私もずっとそのもどかしさを感じていました。
ここでは違いますか?
ここでは、ご本人のやりたいことに向き合えています。それがセラピストとしての仕事の軸になっています。それに加えて、自分自身がやりたいと思ったことに会社が一緒に向き合ってくれます。一人だと実現できないことも仲間と一緒なら進めることができています。
どんな方にホーミーリハビリデイサービスを勧めたいですか?
利用者さんの生活に寄り添いたい、地域に何かしたいという気持ちがある方に来てほしいです。うまく言葉にできていなくても、何かやりたい気持ちがある方におすすめです。私みたいに、怖がりで声を出しづらい人でも、ちゃんとそれを聞いてもらえる場所だと思います。
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