大杉 潤平 / 理学療法士・主任 ルート訪問看護ステーション吹田店責任者。大阪の回復期病院で2年、スポーツ整形外科クリニックで3年勤務した後、2024年5月にルートへ入職。入職からわずか約1年で主任に就任した。2026年4月からルート訪問看護ステーション吹田店の責任者に着任し、立ち上げから担当した。
※本インタビュー記事は、2025年6月時点の内容です
この記事の内容
ルートに入職して1年で主任着任というのは、かなり早いですよね。
そうですね。正直、こんなに早く任せてもらえると思っていなかったです。努力していることや前向きに行動していることを評価していただいたと思っています。年功序列ではなく、成果を基に評価することは大きな組織だと難しいと思っています。
入職時から主任を目指したいと考えていたんですか?
はい。転職するときから役職者になれることを条件の一つとして探していました。ルート訪問看護の面接を受けたときに「本気で役職者を目指すなら積極的に裁量を持たせる」という話があったこともルートに決めた理由のひとつです。
実際に主任になってみて、どうですか?
足りないところばっかりです(笑)。主任は自分のことだけじゃなくて、スタッフ一人ひとりをしっかり見る必要がある。その人がなりたい姿を一緒に描いて実現できるようにコーチングまでできる人になりたいと思っています。なのでマネジメント力をもっと上げないといけないなと感じています。

意外なお話ですが、もともとは人見知りだったとか。
本当に人見知りでした。家では今でも静かなんですよ。母と兄がとにかく明るいので、僕は喋らなくても勝手に場が回っていくんです。10代の頃は自分の意見もないし、ただ受動的に動くような人間でした。
変わったきっかけは何だったんですか?
大学時代のアルバイトです。スポーツショップで働いていたんですけど、そこにいた先輩たちが、スケートボードなど自分のしたいことをする人たちで、すごくかっこよく見えたんです。そのときに影響を受けました。
具体的には何が変わったんですか?
接客業だったこともあって、積極的に話すようになりました。当時の上司が、いろいろな仕事を任せてくれる人だったんです。最終的に店頭リーダーも任せてくれました。その経験から「自分の発言を言っていいんだ」「自分の行動に自信を持っていいんだ」と思えるようになって。人との関わり方が180度変わりました。
何がその変化を後押ししたんでしょうか。
認めてくれる人が多かったことですね。できたことに対して、みんな一緒に喜んでくれた。「大杉くん、これできてたね、よかったよ」って言ってくれる人がいた。そこから少しずつ自分を表現できるようになっていきました。「自分はこれができるんだ」と見せたい、それを認めてもらえる、また次に挑戦する。その繰り返しでしたね。
その経験は、今の働き方にも繋がっていますか?
繋がっていると思います。前向きな声かけをすることが自分の中で当たり前になったので。だからこそ、主任になった今は、バイト時代の上司のように自分が認める側にならないといけないなと改めて思っています。
学生時代はずっとサッカーをされていたとお聞きしました。
幼稚園から高校まで、ほぼサッカーしかしてなかったです。学校が終わったらすぐクラブチームの練習に行って、夜遅くに帰ってきてご飯を食べて寝て、また学校。その繰り返しでした。
中学のクラブチームではどんな存在でしたか?
結構強いチームで試合には出ていたんですけど、一番うまいタイプではなかったですね。高校でサッカーを辞めようと思っていたんです。でも勉強があまり得意ではなかったので「これはもうサッカーで行くしかない」と思い母校に進学しました。

高校ではどうでしたか?
正直、中学までのようには楽しめなくなっていました。メンバーも変わったこともあってサッカーへの熱は下がってしまったんです。
そこから理学療法士の道へ進んだのは?
将来、スポーツに関わる仕事がしたかったんです。大学では資格も取っておいたほうがいいと考えた結果、理学療法士の道を選びました。ここだけの話、本当はナイキのスパイクを作る仕事に憧れていたんですけど、調べたら高学歴の人ばかりで「あ、これは無理だ」と諦めました。でも理学療法士も医療従事者で、国家資格で、スポーツに関われるかっこいい仕事だと思いました。
最初の病院は2年で離れたんですよね。
給料を上げたいと思っても、昇進するには30代、40代にならないと難しかったんです。「この人たちが抜けるまで、いったい何年かかるんだ」と考えたときに、20年、30年待たないといけないと気づいたんです。さすがに20年待つことは難しいなと思ったのが転職のきっかけでした。ちょうどそのときに、お世話になった先輩が転職するタイミングだったのも重なって、次のステップに進もうと決めました。
次に選んだのがスポーツ整形外科クリニックでした。これも逆算だったんですか?
そうなんです。当時、独立してパーソナルトレーニングのような自分の事業を持ちたいという願望がありました。その目標を考えると、整形外科やスポーツ整形の知識や経験が必要だと思ったんです。院長先生に「将来は独立も考えています」と伝えた上で採用してもらいました。空き時間にはクリニックを使わせてもらって、月に一度、自費リハビリの練習までさせてもらっていました。
独立に向けてかなり積極的に動いていたんですね。
そうですね。当時は本を読むだけでなく、仲間と一緒にいろいろな社長に会いに行ったり、自分たちで一日カフェを開いて集客の練習をしたりしました。実際に行動した経験が、一番の学びになったと思います。
クリニックでも主任を経験されたんですよね。
はい、最後の半年くらい主任を経験させてもらいました。少人数だったんですけど、メンバーの教育がうまくいかなくて、すごく悩みました。同時に独立することへのデメリットも感じるようになっていたんです。独立後は自分がずっと現場で施術し続けないといけません。40歳、50歳、60歳になっても、ずっと施術できるかと考えたら現実的ではなかった。
そこで、マネジメントへ舵を切った。
教育者として、マネージャーとして、まだまだ力が不足しているなと感じたんです。だったら、もう少し人数の多い組織でマネジメント力をしっかり上げたいと思いました。管理者として働ければ、40歳、50歳、60歳になっても自分の力を発揮できる働き方ができる。なので転職のときは、管理者を目指せる職場を条件に探しました。

ルートに決めた理由は何だったんですか?
ルートを運営している株式会社ONEflatは、新しい事業をどんどん展開している企業でした。面接でも「本気で管理者を目指すなら早い段階で裁量を持たせる」と言ってもらえて。あとは、木下社長や経営推進部の戸梶さんの雰囲気に魅力を感じました。二人の話を聞いていて「ここで働きたい」となりました。
雰囲気のどのあたりに惹かれたんですか?
会社の目標ですかね。人材紹介会社の方にも「ルートのどんな点が良かったんですか?」と聞かれたんですけど、「会社の目指す姿にワクワクしたんです」と答えました。採用面接で木下社長と話したとき、「この人たちだったら頑張れるかな」とビビッときたんです。
大杉さんにとって、誰と働くかはかなり大きな要素なんですね。
そうですね。原体験はやっぱりバイトの経験だと思います。共通しているのは、認めてくれたという点です。その上で良いことは良い、悪いことは悪いとちゃんと言ってくれて、評価もしっかりしてくれる。それが自分には大事なんだと思います。
主任の次に見据えているものはありますか?
組織の段階で言うと、主任の次は副管理者、その次が施設長、エリアマネージャーとなっていくと思うんですけど。まずは「この事業所、お願いね」と言われる存在になりたい。それが短期の目標です。長期の一番の目標は、訪問業務ではなく、会社を大きくするために必要な人材になることですね。
執行役員クラスを目指す、ということですか?
目指したいですね。訪問の現場というよりは、少し離れた立場でも力を発揮できる人になりたいです。人事、教育、広報、財務……正直その辺の知識も経験もゼロなので、なんでもしてみたいです。

どんな人にルートを勧めたいですか?
利用者さんのために、在宅で新しい可能性を提供したいと思える人です。それと、僕みたいにキャリアアップを目指したい人ですね。入職1年でも役職を任せてもらえる環境なので、意欲のある方には特に合うと思います。訪問看護以外にも、デイサービス、福祉用具、今後は就労支援も展開すると聞いています。選択肢が多くあるので、いろいろ経験した先に適正を見つけられる会社でもあります。
今、転職に迷っている人にどんなことを伝えたいですか?
今の職場で自信をなくしていたり、何をしたらいいか分からない人でも、ルートに来たら何か見つけられるんじゃないかなと思います。人見知りで、自分の意見もなかった僕も、認めてくれる人たちのおかげでここまで変われました。なので今迷っている方こそ一度職場見学にきてほしいです。
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